【廃墟探訪】Web廃墟都市・旧ジオシティーズを歩く

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赤祖父(赤ソファ)
青ソファ、黄ソファ、赤ソファの三色からなる「徳ソファ」から分離したうちの一人。三人がふたたび一人に戻るとき、大勝利が待っているという。

【廃墟探訪】Web廃墟都市・旧ジオシティーズを歩く | ハイエナズクラブこんにちは。インターネット、してますか? 私はインターネットが無いと死にます。

1995年暮れのWindows95発売とともに訪れたインターネットブームから、もう20年近くになります。

……って改めて書くとオッサンたる私としてはギョッとするわけですが、「2000年以降は、最近」という感覚ももういい加減捨てないとヤバイですね。2000年だって(この記事を公開した時点で)15年前です!

さて、そんなインターネットブームに湧いていた頃はまだお父さんのタマキンの中にいたアナタももう立派な成人、というくらい日本でも歴史を紡いできたインターネットの世界ですが、それゆえに既に過去のもの、消滅したものも沢山あります。

日本の一般ピープルのネット黎明期について体験してきていない方は是非『教科書には載らないニッポンのインターネットの歴史教科書』を一読いただくのがオススメですが、今回はそんな歴史の中から、今も少しだけ辿ることのできる世界を振り返ってみましょう。

■仮想都市 “ジオシティーズ” とは?

現在は『Yahoo!ジオシティーズ』というよくある無料ホームページ作成サービスのひとつになっていますが、1997年に登場した日本版ジオシティーズは、今では書くことすら小っ恥ずかしい「仮想都市」のイメージで運営されていました。

……と、スマホで初めてネットに触れている層からするとそもそも意味がわからないかもしれません。

どんなノリだったのか、今回はWebArchiveからページのキャプチャを引用しつつご紹介します。

まずは1998年頃のTOPページです。

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イマドキのサイトだと、自分の見たいものを見る入り口はGoogleだったりTwitterだったりしますが、この当時はこういう漠然とした「好きなコミュニティ」などから辿ったりしたのです。これをネットサーフィンなどと格好つけて言っていたわけですが、今思えばただ見づらいだけですね。「Eリスト」なんてのもキツいダジャレです。

次にジオシティーズの説明書きです。

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こちらの説明にあるとおり、ジオシティーズは「市民」という概念と、ホームページを文字どおり「家」、URLは「住所」に見立てておりました。これが「仮想都市」たるノリ、の意味です。

無料スペース4MBっていうのが今の感覚からすると笑っちゃいますよね。

※当時でもこれは無料サービスとして少ないほうだったと記憶しています

そんな設定もいつの間にか消え失せましたが、WebArchiveで見ればまだ「都市」の痕跡は残っています。それでは、Web上の廃村ならぬ仮想廃墟都市、ジオシティーズを覗いてみましょう!

■実際に仮想廃墟都市を歩いた気分になろう

インターネットを見るだけの行為を何故か波乗りに例えて「ネットサーフィン」なんて言ったりしますが、廃墟状態の仮想都市ジオシティーズを見て回ることを廃墟探訪に見立てて、少し覗いてみようと思います。

たとえば「シルクロード」の入り口はこんな感じ。

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何の手がかりもないのに番地ごとに探せ!というのはある意味すごいですよね。

余談ですがこの頃のYahoo!は承認登録制だった記憶があり、Yahoo!から辿れるホームページというのは「凄いこと」だったという覚えがあります。アフターグーグル世代の各位におかれましては何を言ってるのか意味がわからないかもしれませんが、納得してください。

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こちらは「ハートランド」です。さながら千葉あたりの新興住宅地「千葉県八千代市ハートランド住宅」みたいな感じで家が並んでいます。家の豪華さが違うのは年収とかではなくて、スペースの使用容量が多いほど豪華、という雑な基準です。

もう少し踏み込むと……

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このように、番地ごとのストリートのページがあり、知らない人のホームページを覗く、みたいな巡回の仕方も提案されていました。

この街並みって…

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なんかこんな風に見えてしまいます。(これは足尾の廃屋です)

それではいよいよ、Webに残っている廃墟、作った本人もすっかり忘れているようなジオシティーズの廃屋ホームページをいくつか覗いてみましょう。

※晒し上げる意図はないので、引用において個人等を特定する可能性のある情報は加工したりします。また辿りにくいように具体的なリンクは避けます。もし「あっオレのサイトじゃねえか!」という方がいらっしゃいましたら誠意を持って対応いたしますのでこっそりご連絡ください…。

まず訪れた廃屋はこちら。

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「WELL COME」と早速お手本のようなミスっぷり。そしてこういうのが10年以上放置されて残っているのです。無断転生というのも天使らしき画像とムダにマッチした誤記です。

次は「ホームページの作り方」の見本のようなホームページ。

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昔のウェブサイトが「家」の概念だった、というのをあらわす象徴的な「ホームページ」のTOPページです。このように個人の情報、思想、趣味、記録、また交流のためのツールなどが集約されており、要するにその人のほぼ個人情報のカタマリのようなものがあちこちにあったのです。今で言うとfacebookのノリに近いかもしれませんが、タイムラインのような概念はないのでいちいち互いのホームページを巡回しあっていたわけです。そりゃ1日3人とかしか見ませんわ。

教科書的といえばこういうのも。

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自己紹介は手厚いホームページが多かったですね。そりゃあ自分を世界に発信したかったわけですから当然といえば当然。このひとはなぜか自分の陰茎を紹介していますが、やたらパソコンの細かいスペックを書いていたり、とってつけたような座右の銘を書いてみたりと、当時の若者はこういうフォーマットで自己顕示欲をドバドバ満たしていたのです。

ホームページでもただ放置されたわけではないものもありました。

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こちらはきちんと後始末をして去った例。これは個人的な肌感覚ですが、女性のホームページは1年保たないところが多かったイメージです。色々変わるんですね…。あと、ICQという文字列、超久々に見ました。

次はこれ。

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こちらは、画面全選択(ctrl+A)をすると文字が浮かび上がる、という今どき虚構新聞くらいしかやらなそうな偽装で入り口を隠しているホームページです。やおい系の人(当時は腐女子という言葉はありませんでした)はこういう警戒心や、キリ番報告義務、強制イラスト押しつけ等のシキタリにうるさかった記憶があります。

次はこちら。

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可愛らしい赤ちゃんの写真と成長記録です。自分も子供が生まれたので今ならこのページを作った方の気持ちが痛いほどわかります。もし何事もなければこの可愛い赤ちゃんも今頃17〜8歳くらいですかね……って考えるとなんかすごくないですか。

かわいいといえばこちらも。

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ぼかしすぎてイカガワシイやつのようになって申し訳ないのですが、お二人ともコスプレやメイク技術のノウハウが蓄積されていないスッピンに近い黎明期レイヤーの中では綺麗かと思います。これも2000年前後のホームページなので、今は家庭を持ってるかしら…とか想像するとなんか知らない人なのにシミジミしてきます。コスプレキャラも、Piaキャロットや魔導物語など、まあ時代を感じますね。

次はこちらのホムペ。

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グループの旅行記録の様子が放置されていました。1998年に生まれた人も今ハイエナズクラブを見ている可能性、十分にありますよね…!私は1998年当時は大学1年生でしたが、こんなにみんなダサかったんだなぁってしみじみ思います(当時を生きてるとわからないものです)。

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同じホームページの中で、なぜかカメムシがやたらフィーチャーされていました。背景のうるささも時代ですよね。

……いかがだったでしょうか。WebArchiveから辿ればまだまだかなりの廃墟ホームページが残されていましたが、ほんの少しだけ引用させていただきました。

私を含め老害インターネッターには懐かしく、現代っ子には逆に新鮮な世界だったかもしれません。

今見るとダサいというか垢抜けないのですが、当時はこういう世界観が共通イメージとしてあり、ワールドでワイドなウェッブに無限の可能性を感じた人が多かった、というのは紛れもない事実だと思います。刻の涙を見ましたね。

しかし(仮想)廃墟歩きをして痛感したのは、「インターネットに出た情報は一生消えない」みたいなアレは真っ赤なウソだねということです。殆どのホームページは死滅してましたし、アーカイブすらも結構残っていません。企業の無料スペースでも「excite」「tripod」「おもしろコム」などは丸ごと消えましたし、個人のレンタルスペースなど解約した翌月には消滅します。貴重なウェブサイトはローカル保存のクセをつけたほうがいいかもしれません。

10年後、いまのインターネットはどう見えるのでしょう。それまでみんな生きよう!死ぬなよ!